略歴
- 1892年
- 和歌山県に生まれる
- 1910年
- 上京し、東京美術学校を受験するが失敗
白馬会原町洋画研究所に入る
- 1911年
- 東京美術学校日本画科に入学
研究所時代からの友人たちと回覧雑誌『ホクト』を制作
- 1913年
- 回覧雑誌『密室』を制作
同年10月最初の喀血
- 1914年
- 4月和歌山に帰郷
恭吉の命名による私輯『月映』に木版画掲載
9月、公刊『月映』Ⅰに詩と木版画掲載
- 1915年
- 10月23日、公刊『月映』最終号の発行直前に自宅にて23歳で逝去。
12月、友人たちにより「田中恭吉遺作展覧会」が開催される
- 1917年
- 萩原朔太郎第1詩集『月に吠える』に挿画・装画として遺作11点が掲載される
作品紹介
《太陽と花》
1914年 17.8×11.7cm
木版
《焦心》
1914年 20.9×10.1cm
木版
《五月の呪》
1914年 15.8×10.8cm
木版