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「昔、石版工が出てくる小説を読んだことがある。主人公である彼は職人気質でいつも自分の両手の中で人生を考えている。自分の掌より外側を見ることはない。ただ一度、自分に対する卑屈な自信から犯罪を犯すはめになり、陰惨に破綻していく。容疑者となった彼を追いつめたのは被害者が持っていた石版石であった、というところがその話の主なプロットであった。消去したはずの石版石の欠片に彼の手になるイメージが製版されており、そこから足がつくというのである。
つい最近になってその小説を読みかえした。偶然にも私は現在版画をつくっている。消去しても残りつづけるイメージ、昔読んだ本のおぼろげな記憶。消しても残りつづけたものが彼の<痕跡>となったように、それらの断片があいまいな形を画面に残していく。そんなものが私の<かたち>になっているのかもしれない。」
(作家コメント「わたしのかたち」『版画年鑑2000』阿部出版より)
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