コメント
カサットは「母子像の画家」として知られるため、甘美なだけの作品を想像されがちだが、卓越した素描力と色彩感覚で描き出された人物像は力強い生命感に溢れ、見る者の心を掴んで離さない。(中略)
「日本版画展」を見て浮世絵版画に感銘を受けたカサットは、浮世絵版画の揃物に倣って、日本の木版画の鮮やかな色の面と繊細な線を西洋のアクアチントとドライポイントで表し、繊細で洒脱な19世紀のパリの女性たちの世界を描いている。カサットは、この洗練を極めた描線を歌麿から学んだにちがいない。
(版画芸術172号 版画家としてのメアリー・カサット(沼田英子)より抜粋)
略歴
- 1844年
- アメリカ・ピッツバーグ近郊の裕福な家庭に生まれる
- 1851年
- 一家でヨーロッパに渡り、パリやハイデルベルクに長期滞在。55年帰国
- 1860年
- フィラデルフィアのペンシルヴェニア美術アカデミー入学
- 1865年
- 父の反対を押し切り、絵画の勉強のためにパリへ留学
- 1866年
- シャルル・シャプラン、ジャン=レオン・ジェロームの画塾で指導を受ける
- 1867年
- この頃からエクアンやクーランスの芸術家村を訪れ、トマ・クチュールらの教えを受けて風俗画の制作を始める
- 1870年
- 7月普仏戦争勃発のため帰国するが、翌年再びヨーロッパへ渡る
- 1874年
- パリにアトリエを構える
- 1877年
- ドガに印象派展への出品を勧められる
- 両親と姉がパリに移住、家族をモデルにした作品の制作を始める
- 1890年
- パリで開催された「日本版画展」で浮世絵版画を見て衝撃を受け、多色刷銅版画の制作を始める
- 1891年
- 初個展で版画24点を展示
- 1893年
- デュラン=リュエル画廊で大規模な個展を開催、成功を収める
- 1896年
- この頃からハヴマイヤー夫妻らアメリカのコレクターに作品収集の助言をするようになる
- 1904年
- フランス政府からレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ章受章
- 1915年
- この頃より白内障のため制作が困難になる
- 1926年
- 82歳で没